Vol.210 【時代を変えた技術・製品 Vol.12】

【時代を変えた技術・製品 Vol.12】

東芝:日本初の自動式電気釜

技術・製品と共に時代を振り返るこちらのコーナー。第12回目は1955年(昭和30年)12月に完成し、人々の生活様式に大きな変化をもたらした、「東芝:日本初の自動式電気釜」をご紹介します。
「東芝未来科学館(※)」で紹介されているこちらの製品写真をご覧になり、懐かしさとともに、この電気釜で炊いたお米を食べた時の感動を想い出された方もいらっしゃるかも知れません。この日本初の「自動式電気釜」は、主婦の家事労働にかかる時間を大幅に減らし、生活様式にも大きな変化をもたらしました。

「東芝未来科学館」にて紹介されている内容を参考に、
当時の時代背景や開発エピソードなどについて、ご紹介したいと思います。

■1950年当時の時代背景
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日本人の主食である「ご飯を釜で炊く」ことは、「掃除」、「洗濯」とともに、主婦が担う家事労働の一つでしたが、炊きあがったご飯の出来栄えは、主婦の経験に基づいたノウハウに左右されるところが大きいものでした。タイムスイッチを使い、指定した時間にきちんとご飯が炊ける電気釜の出現は、単に炊飯を自動化しただけでなく、主婦の家事労働にかかる時間を大幅に軽減し、生活様式にも大きな変化をもたらしたのです。

【時代を変えた技術・製品 Vol.12】

■「自動式電気釜」の開発エピソード
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発明者は東芝の協力会社である「株式会社光伸社」社長:三並義忠氏です。1952年(昭和27年)に、当時の東芝家電部門部長:松本氏から「自動式電気釜」の相談を受け、開発に着手しました。そして、1955年(昭和30年)に完成し、特許(昭30-12352)を取得しましたが、3年間にも及んだ研究開発は、困難を極めたものでした。
X線で結晶構造を示す生澱粉(でんぷん)を「β澱粉」、加熱によって結晶構造を分解した「のり状(糊化/こか)澱粉」を「α澱粉」と呼びますが、消化しにくい「β澱粉」を、消化吸収のよい「α澱粉化」させることが開発における重要ポイントでした。98℃位の温度を約20分間続けると、釜全体の米が「α澱粉化」しておいしく炊けること。また、強火で一気に炊きあげる炊き方が、おいしいご飯の炊き方であることが判明したため、釜の水が沸騰した後、タイマーで20数分後にスイッチを切れば、理屈上はおいしいご飯が炊けるはずです。
しかし試作段階では、芯のあるご飯やお焦げができてしまいました。その原因は、釜の外気温、釜の発熱量、米や水の量によって沸騰までの時間が異なるためです。そこで今度は、釜が沸騰し始めたことを検知し、その20分後に正確にスイッチを切るにはどうすれば良いかを考えはじめ、試行錯誤の末に編み出された方法が、「三重釜間接炊き」です。

これは、「外釜にコップ一杯(約20分で蒸発する量)の水を入れておくと、その水が蒸発した時に、釜の温度が100℃以上になるため、それをバイメタル式のサーモスタットが検知できればスイッチが切れる」ということに着想した方法です。つまり、水の蒸発をタイマー代わりに応用したのです。
しかし、この実用試験も困難を極めました。光伸社の三並社長夫婦が、自らが経営する製氷会社の倉庫や、寒中には自宅の庭で実験を行うなど、苦労に苦労を重ねてようやく完成に漕ぎつけたのだそうです。

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■日本の全家庭のおよそ半数に普及するまでの道のり
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当時の東芝家電部門:山田正吾氏をリーダーに販売に着手しました。1955年(昭和30年)の12月10日に完成した700台の販売を始めましたが、当初、家電販売店は半信半疑でなかなか乗ってこなかったそうです。そこで既存ルート以外の電力会社の販売網などを開拓し、山田氏自らが全国の農村で実演販売などを始めてからは、爆発的に売れるようになりました。その後、最高月産で20万台を販売、4年後には日本の全家庭の約半数にまで普及し、総生産台数は実に1,235万台を記録しました。


いかがでしたでしょうか。1950年代当時の日本家庭の生活様式に、大きな変化をもたらし、家事労働にかかる時間を大幅に軽減した、まさに「時代を変えた技術・製品」ですね。今後もさまざまな業界からシリーズでご紹介し、技術革新の歴史に触れて参りたいと思います。

■参考サイト:東芝未来科学館「日本初の自動式電気釜」(※)
http://toshiba-mirai-kagakukan.jp/learn/history/ichigoki/1955cooker/index_j.htm

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